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平成24年度海外奨励金登山隊

平成24年度海外奨励金登山隊報告

風の谷のフンザから
  -2013夏、パキスタン、登頂と敗退-
       シスパーレ&ディラン登山隊(平出和也、谷口けい)

2013年夏、ナンガ・パルバットで登山家殺害事件が起きた。パキスタン遠征の出発間際だった私たちは、外務省からも直々に自粛要請(というほど厳しくはなかったけれど、本当に行くのですか?という連絡)をもらった。協議を重ねるが、やっぱり「行く」という結論だった。カラコルムの山麓に住む、罪無き人たちにも会いたかったし(実際、この事件のせいで今夏のパキスタンへの外国人トレッカーや観光客は激減したと、地元の人々はこぼしていた)、今がダメで未来が大丈夫だなんていう保証も、この国にはない。

フンザの常宿から2004年に登ったゴールデンピーク(7027メートル)を眺めていると、なんと隣室には2009年にともにピオレドールを受賞したスイス人のサイモン・アンタマッテンがいた。しかも、私が2009年に敗退を喫したキンヤン・キッシュ東峰を登ってきたというのだ。もちろん初登。うーん、さすがだ。この日は一緒に乾杯する。

今回の目的は2山。同じようにフンザから眺めの良いディラン(7266メートル)と、フンザの背後に聳えるシスパーレ(7611メートル)。ディランへは対岸のミナピン村からミナピン氷河を越えてアプローチする。北杜夫著『白きたおやかな峰』の山だ。あの高みでいったい何が起きたのだろう?彼らはどんな景色を見たのだろう?そんなにも雪は深かったのか?氷は硬かったのか?そんな小説のなかでさまざまな想像が膨らむ、あの頂へ行ってきた。小説以外でも頂上直下での敗退や、行方不明という記録が並ぶ。地元のミナピン村の人はディランを「2nd Killer Mountain」だと言った。(「1st Killer Mountain」はナンガ・パルバット) 魔の山ディランは我々をその頂へと導いてはくれたけれど、その西面では心が折れそうになるくらい懸垂氷河地帯のルート・ファインディングに右往左往させられ、クレバスへの墜落の恐怖やセラックの崩壊の恐怖と闘い、そしてさらに心が折れそうになるくらい長い長い西稜の登高と、最後にはやはり氷壁が出てきた。最後の岩と氷と雪の壁を登ると、素晴らしい景色が待っていた。はるか眼下に、巨大な氷河のうねりが見える。カラコルムの山々は、どこまでも峰を連ねていたけれど、次に目指すシスパーレは雲の帯にその姿を隠していた。

シスパーレ峰ルート図シスパーレ峰ルート図

シスパーレBCはハサナバード氷河奥の緑の台地に設営した。3500メートルと標高は低く、野バラとビャクシンに囲まれた素敵な庭だったけれど、シスパーレの頂まで4000メートルも標高差がある。そしてその頂はやはりいつも雲のベールに身を包み、美しい姿はなかなか見せてくれなかった。雨が一週間つづき、その後も雲が切れては湧きくる。壁の状態を偵察しにウロウロしても、結局のところいちばん確認したい上部セラックの詳細は分からなかった。3段に重なるセラックを回避して私たちのラインを引く――出来るか出来ないかは登ってみなければ分からない。天気だって一週間も晴天がつづくことなんて期待できないのだから、どこかのタイミングでGo Upするしかない。

シスパーレ峰ルート図シスパーレ峰ルート図

私たちが選んだラインは、一枚の壁というよりは幾つも連なる岩峰群を越えていくというものだ。これがセラックの崩壊というリスクを最も回避できるラインだった。標高差4000メートルとなると上と下とでは相当な気温差だ。下部では気温が高く、落石がひっきりなしに彼方此方から襲ってくる。小さな落石が腿にヒットした。痛がっている場合ではない、ロキソニンを飲んで行動をつづける。こんな危険なところに長居は無用だ。

中間部岩壁でのミックス・クライミングは、ようやく「楽しい!」パートがやってきた感でワクワクした。岩、氷、岩、雪壁......でも、その先に何が待ち受けているのだろう? 「ヤバイな」 シスパーレの壁はすんなりと私たちを受け入れてくれるものではなかった。 登っては下り、さらに登ってまた下らされ、雪庇のリッジの次は一枚岩のトラバース。そして登るにつれて目の当たりにしたのは、頭上に迫りくるセラックだった。 こんなに想いが熱いのに、どこかに可能性はないのだろうか?しかし、セラックは無情にもそこに立ちはだかっていた。セラック崩壊の脅威に対するリスクは、絶対にゼロにはならなかった。笑顔で帰ること、これが第一命題だ。心では泣きながらも、無傷で帰れることに感謝しなければいけないのだ。未だかつて誰も触れたことのなかったシスパーレ南西壁に触れられたことにだけでも、感謝しなければ。

(記:谷口けい)

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